つづく日々(人を思い出す)

含蓄もなく、滋味もなく、大きな事件も起こらない、自分のあやふやな記憶の中の日々と人々とを散漫に思い出して書きます。

人間

北欧の夜のこと

スウェーデンの夜を覚えている。2月のスウェーデン。坂道を歩く。サーブ、フォルクスワーゲン、トヨタ、表情豊かな車が路肩に並び、眠っている。不思議とどの車もくすんだ色になる。 北欧の夜には不思議な静寂がある。凍ったアスファルトが音を吸いとってし…

祖父への贈り物のこと

祖父にブルーレイレコーダーを贈った。今まで使っていたものが壊れておじいちゃんが困っていると母から聞いたから。 ドラマが好きだが夜9時には床についてしまう祖父にとって、レコーダーはまさしく必需品だった。病を患って、歩くことが年々難しくなってい…

場所と飲/喫みもののこと

知り合いの中国人から面白いことを聞いた。曰く、家から数駅の場所に遊園地があるのだが、そこの年間パスポートを持っているという。よほどその遊園地が好きなのかと聞くと、特に思い入れがあるわけではないらしい。 彼が遊園地に赴くタイミングは、観光にき…

はなむけの酒

この散文は11月の寒い夜に書き始められた。なんとはなしに書こうかと思った。3月に書けばよいのに、年の暮れから書き始めているのは酔狂である。 ある事柄について語るとき、中心を掴むよりも、周縁をなぞることで、そのものの性質が浮かび上がる、そういう…

相貌のこと

人の顔というのは、よく覚えているようで実のところうまく捕らえられていないものだ。夜のソファでひとり、はてあの人はどんな目鼻立ちだったろうと頭で考えても、はっきりとした輪郭を描くことは難しい。集中して人の顔を思い浮かべれば、限りなく精緻な靄…

体のミサイルと子供の無邪気さのこと

子供は天性の詩人である、という言葉がある。まったくその通りで、あの小き者と一緒にいると、思いもかけない発想に驚くものだ。 保育園でボランティアをした時なんかは全く面白かった。ただ話しているだけで、あの小さな口から、楽しい言葉遊びがぽろぽろと…

小学校の帰り道のこと

転校先の小学校で、いつしか一緒に帰る友達ができていた。男女6人のグループ。ハツミくんという子がリーダーだった。 僕たちは学校が終わると、誰ともなしに集まり、一緒に下校した。そして、必ず途中で公園に立ち寄った。その公園は高台の上にあるので、長…

花火大会のこと

花火大会が苦手だ。外は暑いし、人ごみはつらいし、アパートのベランダから小さい花火を見る方が性に合っている気がする。 そんな僕もこの前、友人に引きずられるように花火大会にでかけた。恐らく、生きているのかどうか分からないような顔を毎日していた僕…

地下鉄とテレポートのこと

「一駅くらい歩いたらいいじゃないかっていうの、あんまり得意じゃないですね」と、後輩のヨーコさんは言った。大学2年のころ、僕はちょっとした課外活動を行う授業を履修していて、彼女とはグループを組むことになって知り合ったのだった。その日はミーティ…

マツモトくんのこととお見舞いのこと

大学の友人たちは、ずっと付き合っていたいと思う人ばかり。マツモトくんもそのひとりだ。 大学1年生のとき、共通の友人であるMに連れられ、彼の家を訪れたのが最初の出会いだ。マツモトくんの根城は木造2階建てのボロアパート。部屋にはどこから引っ張って…

ことばのこと

僕が耳にして(あるいは目にして口にして)、不思議と(あるいは必然と)こころに引っかかっていることばを思い出して書きます。 なんで引っかかってるんだろう?たぶん、それなりに大事だからだろうと思う。 でも、自分以外の人間からしたら、なんでもない…

借りたCDのこと

雨の日に貸してもらったCDをかけて毛布の中でまどろむ 偶然にも七五調になっているとうれしいですね。 僕は何を隠そう、音楽を聞かない方の人間だ。小学校から大学に至るまで、1枚のCDも買ったことがないし、TSUTAYAでCDを借りることもしなかった。 そんなわ…

サンドイッチのこと

もう、しばらくサンドイッチをつくっていない。 僕は朝食に好んでサンドイッチをつくる(あるいは「つくっていた」)。といっても手の凝ったものではなくて、簡単なやつだ。 最後にサンドイッチをつくった一番近い記憶は、数ヶ月前、冬の日だ。底冷えする朝…

粗野なふるまいとビスケットのこと

写真家か何かが、彼の友人である有名なファッションデザイナーについて語る、という本があった。その中に序文として記されていたことが妙に印象に残っている。「彼の作るセーターなんかは、荒々しく使われ、毛玉がたくさんできて、おやつに食べたクッキーの…

東京の小さな庭のこと

子どものころに住んでいた東京の家には、小さな庭があった。何でもない、本当に小さな、あるいはささやかな庭だった。 その頃、まだ僕は幼かったし、父も母も若かった。 庭では、よく父がゴルフの素振りをしていた。僕は窓際に座りながらそれを見ていた。ゴ…

フクオ先生のレゾン・デートルのこと

中学一年生の数学は、フクオ先生という初老の先生が担当していた。 年齢を思わせる白髪まじりの頭髪に反し、背は曲がっていなかったため、長身が余計に際立っていた。分厚いメガネは四角くて、全体として定規のような先生であった。 先生はその直線的な特徴…

キンモクセイのこと

秋、学食からバス停まで歩く途中、キンモクセイのにおいがする。 「キンモクセイの香水があったら売れると思うな」傍らの友人はそう言った。僕はそうは思わないが、彼は秋が来る度にこのささやかな思いつきをつぶやくのだ。彼はキンモクセイが好きだった。 …

タバコのこと

渋い顔をして、目を細めてライターを握り、タバコに火をつける。父方の祖父も母方の祖父もそうして紫煙をくゆらせた。 僕の両親は昔、タバコを吸っていたそうだ。しかし僕が生まれるとなって、二人はきっぱりタバコをやめたという。 僕はタバコは吸わないけ…

リョウくんのこと

中学校一年生の頃だったか、僕は数人の友達と共に登校していた。 いつも三、四人で登校する中にリョウくんはいた。 彼と僕は別段親しいわけではなかった。ただ同じ小学校出身ということと、共通の友達がいるということが僕たちをゆるくゆるく繋いでいた。 彼…

親父のこととジョナサンのこと

僕は親父に対して、憧れと尊敬の念を持っている。文章だから書ける。言葉ではとても言えないが。 ことに幼稚園、小学校低学年の時分は、親父によく懐いていた。 家族がまだ東京に住んでいたころを思い出す。僕は小学校低学年の間、東京に住んでいた。そして…

ユーコさんのことと書道のこと

大学3年のときだっただろうか。ユーコさんという女性と知り合った。彼女は僕の2つ下の後輩で、書道を学んでいた。聞けば、高校時代から書を勉強していたという。 彼女が新潟出身だと聞いたとき、彼女の白い肌と華奢な体に、その出身地はぴったりだなと、ひと…

おじいちゃんの赤いほくろのこと

子どものころ、おじいちゃんの赤いほくろが気になっていた。 夏、母方のおじいちゃんの家に行くと、おじいちゃんは暑いらしくタンクトップ一枚になっている。扇風機にあたりながら、テレビを見る。昼間に流れているサスペンスを見、高校野球を見る。 おじい…

ヨウくんのことと学食の唐揚げ定食のこと

友人にヨウくんという人がいる。 彼は(僕の学部にしては珍しく)引き締まった体躯の持ち主で、長身、肌は薄く小麦色をしている。彼は見た目も中身もまさしく好青年であり、その爽やかな笑顔と、優しい性格には誰もが惹かれていた。 僕はあまり彼とは親しく…

祖父のこと

夏が来て、祖父の一回忌をふと思い出す。 仏壇の前で親戚が喋り、飲み食いする中、僕と弟はどうにもその場に疲れてしまい、離れに移動した。 そして何の気はなしに、二人で祖父の寝室へ入った。 父方の祖父の家はあまり訪れないので、寝室にも滅多に入ったこ…