つづく日々(人を思い出す)

含蓄もなく、滋味もなく、大きな事件も起こらない、自分のあやふやな記憶の中の日々と人々とを散漫に思い出して書きます。

お金持ちになったらのこと

お金持ちになったら何をしたい?とか、10億円当たったら?とかは、会話の間をつぶす、定番の質問だ。

 

根が小市民だし、特に夢もないから、答えに詰まってしまう。ふと出てきたのが「ヤクルトの5本パックを一気飲みしたい」くらい。それくらいだった。

この前、4パック1セットになっているカップのヨーグルトを一気食いしてやったなと思い出す。ヨーグルト4パックをまとめて食べるのは、子供の頃のささやかた夢だった。自分の中では、お金持ち=まとめ食いの図式があるのかもしれない。

 

ここ2週間ほど、新幹線での出張が多かった。

夜のN700系は、サラリーマンと旅行者、お弁当とビールの匂い、トンネルを通るびゅうびゅうという音でまぜっかえされている。特にやることもなく、窓から景色を見ようとする。車内が明るいせいか、ガラスは気だるげな自分の顔を映していた。目の焦点を変えると、うっすらと外の家やビルの明かりが見える。車内のLEDと、自分の目の輝きと、外の夜景の粒とが、新幹線の窓ガラスにぴたっと貼りつけられている。車内の電気を消してくれないかなあ。そうしたら外の景色が見えるのに。

 

もしお金持ちになったら、新幹線を貸し切りたいなと思う。

20:00東京発〜京都行き。車内の電気は全て消してある。貸し切った自分ただひとり、車内に滑り込む。3列シートの窓際を陣取る。17番線に鎮座している新幹線が、ホットミルクのような滑らかさで加速する。プラットフォームの明かりを受けて薄暗く照らされた車内は、東京駅を抜けて俄然、暗くなる。新横浜までは、窓に張りついて、高層ビルの明かりやLED看板、時代遅れのネオンサイン、高速道路に連なるブレーキランプを眺める。新横浜を抜けたら、いっそう暗さを増した中でお弁当を開く。光がないので、なにがなにやらわからない。かたまりを箸でつまんで口に入れる。シュウマイだった。手探りでプルタブを開けて、ビールを流しこむ。いつもより多めにリクライニングを倒す。

ひととおり窓際を楽しんだら、空の弁当箱を置き、ビールだけ持って別の車両にふらふらと遊びに行ってみる。適当な席に座って、だらだらする。トンネルを通過するとびゅうびゅう音がなる。そのまま寝てしまう。新幹線は走り続ける......素晴らしい夜……

 

貸切って、いくらかかるんだろう?