タバコのこと
渋い顔をして、目を細めてライターを握り、タバコに火をつける。父方の祖父も母方の祖父もそうして紫煙をくゆらせた。
僕の両親は昔、タバコを吸っていたそうだ。しかし僕が生まれるとなって、二人はきっぱりタバコをやめたという。
僕はタバコは吸わないけれど、タバコのにおいは嫌いじゃない。こんなことをいうと、大抵の人に怪訝な顔をされるのだが。
僕は母方の祖父を慕っていた。彼はタバコを吸っていた。そのせいもあって、僕はタバコのにおいが好きなのかもしれない。僕たちを気遣ってか、彼は台所に行って、換気扇の下でタバコを吸う。そんな祖父を見て僕は、タバコなんてやめたらいいのに、と思っていた。
父方の祖父もタバコをよく吸う人だった。昔、彼の運転する白いセダンに乗っているとき、僕は祖父に聞いたことがある。子供の単純な好奇心だ。おじいちゃん、タバコやめないの?と。
ハンドルを握りながら、「おじいはな、もうあかんのや。手遅れなんよ。」そう返事をした祖父は、いつものしゃがれ声でおどけて笑った。笑い声の最後は咳に変わっていた。
年季の入ったセダンは、のどかな田舎道を走っている。僕はなんだかとても悲しくなった。「手遅れ」という言葉が引っかかった。遅いなんてことがあるだろうか?
年を経るにつれて、訪れる頻度が減っているけど、僕は今年また、祖父のお墓参りに行った。青々とした田んぼを横に見ながら、家族でお墓に向かう。
毎年同じように、花を変え、ペットボトルに入れた水を祖父の墓石にかけてやり、線香に火をつけた。
そういえば、線香に火をつけるのも、タバコに火をつけるのも、同じライターなんだな。ふとそんな当たり前のことが頭に浮かんだ。