つづく日々(人を思い出す)

含蓄もなく、滋味もなく、大きな事件も起こらない、自分のあやふやな記憶の中の日々と人々とを散漫に思い出して書きます。

その他

11月のこと

夏が終わり、時間は水切り石のようにたったったっと過ぎ去って、11月になった。 干からびたバターみたいな落ち葉が、アスファルトのあちらこちらで折り重なっている。スウェット1枚で暑い日もあれば、コートを羽織らないと寒い日もある。みなクローゼットに…

お金持ちになったらのこと

お金持ちになったら何をしたい?とか、10億円当たったら?とかは、会話の間をつぶす、定番の質問だ。 根が小市民だし、特に夢もないから、答えに詰まってしまう。ふと出てきたのが「ヤクルトの5本パックを一気飲みしたい」くらい。それくらいだった。 この前…

冬のコートのポケットのこと

そして2018年が朝日とともにうっすらと住宅街を覆いました。1月1日です。おせちを食べ、冬の霜、ビールを飲み、風が吹き、鍋をつつき、土が乾いて、夕方が去り夜がきていました。 冬が好きな理由のひとつとして、冬服を着られるというものがあります。カシミ…

軽石のこと

石を愛でていた。小学生の時だった。 子供のころは、誰しもお気に入りの宝物を持っていたと思う。大人の目から見ると、それはつまらないものだったり、あるいはゴミと紙一重のものだったりするけれども。 僕の持っていた宝物のひとつに、軽石があった。多孔…

庭の水やりのこと

夏休みは水やりの日々。子どもの頃の夏休みは、家でだらだら過ごしていると、さまざまな「おてつだい」が降ってきて、それをイヤイヤこなしていた。朝、庭の植物に水やりをするのも、おてつだいのひとつであった。 とぐろを巻いたホースを引っぱり出し、蛇口…

久しく忘れているものたちのこと

ビー玉の味 おはじきの味 手の平についた草のしる セロハンテープを顔に貼って、剥がした後、あぶらがとられてつっぱるかんじ ちいさな抜け道に落ちてるヘビの抜けがら 新聞紙でつくった剣の硬さ 気が重いピアノのおけいこ プールのときの、痛いからあんまり…

カセットテープのこと

「テープに吹き込む」って考えてみると不思議な表現だ。テープに耳があって、そこに語りかけるよう。 ビデオは「録る」、CDになると「焼く」という言葉になる。レコードはどうだったんだろう。「刻む」? こうやって並べてみると、やはり、吹き込むという言…

うさぎのかじりあとのこと

実家に帰ると、ふと椅子の上に置いてあるクロエのバッグが目についた。経年変化で革の色は濃くなり、デザインも今風ではないから、ごく古いものだろう。そのバッグに一箇所、七宝焼きのような青い円形の装飾が付けられている。聞けば、うさぎにバッグをかじ…

身支度のこと

年末年始の休日、冬の朝は、他の季節よりも少しゆっくり身支度をしてみる。 昨夜の作り置きをあたため、白米と目玉焼き、佃煮とお味噌汁で食べる。ざっと洗い物をやっつける。 お風呂に入る。設定温度は40度だけどそれより熱く感じる。 髭を剃る。ドライヤー…

装丁のこと

書物、言語、詩歌、文学、僕の家族は何なんらかの形で、そういったことを生業にしたり、趣味にしたり、ライフワークにしている。祖父もそうだった。やはり人の一生に言葉というものは欠かせないようである。 僕の家には昔から途方もない数の本があった。 玄…

足あとのこと、痕跡のこと

テレビで十数年前の映画をみた。 クリスマス、偶然出会った男女が意気投合するも、2人はあえて連絡先を教え合わない。そこで女性がロマンチックな提案を、あるいは馬鹿げた考えを持ち出す。 5ドル紙幣に名前と電話番号を書いてお店で使う、ハードカバーの本…

旅することと未来の遺品整理のこと

つらいことなんて自分だけにある話じゃないし、外を歩けばそういう人にはたくさん出会えるだろう。ありふれたことだし、もっとひどい人はたくさんいる……ということを考える つらいことがあったせいで「旅にでたい」と感情的に考える、そういうときはまだいい…

ベルーガのこと

水族館に行った。僕はベルーガの水槽が気に入った。 広く暗い部屋があって、そこはベルーガの水槽のためだけの部屋になっていた。大きな水槽は天窓からの光を受けて発光していて、照明の落とされた暗い空間の中にぽっかりと浮かんでいる。水の中では、2匹の…

冬に生まれたこと

「確かに、冬っぽいと思ってたよ」と、僕の誕生日を聞いた友人が言ってくれた。僕は冬が好きだし、冬に生まれたことを気に入っていたから、これはうれしかった。 その人が生まれた季節が、その人の性格にほんの少し影響を与えるのではないか、と思う。いつも…

昼間の星のこと

昼間の星を見てみたい。 強すぎる太陽の光でかき消されて見えないだけで、昼の間にも星は出ているはずだ。 月は日中でもうっすら見える。水色の空に、チョークで丁寧に描かれたような白い月が。 もし昼間の星が見えるとしたら、やはり昼間の月と同じように、…

いろいろなにおいのこと

忘れがたいこと。 ・子どものとき、母親のゆったりしたワンピースの中にもぐったときのにおい ・瓦礫撤去のボランティアで行った被災地のにおい ・おじいちゃんのワイシャツにしみ込んだタバコのにおい ・小学校でマラソンをしたときの脇腹の痛みと口の中の…

7月の本のこと、持つこと

日付が変わった。 悲しみは海ではないからすっかり飲み干せる Горе не море, выпьешь до дна. こういうことわざがロシアにあるらしい。たわむれにロシアのことわざを調べていて、偶然に知った。彼らはヴォトカを何杯も飲んでいるから、飲み干すということに…

休日のアイロンのこと

休日、ワイシャツにまとめてアイロンをかける。畳んでいたアイロン台を立て、ワイシャツを乗せる。歌詞のないインストルメンタルを流す。アイロンが温まるのを待つ。 まず安いワイシャツからアイロンがけを始め、高いシャツは後回しにする。高いシャツはちゃ…

なんだかいい服のこと

平日昼間、人の少ない小さな駅。一組の親子が電車を待っていた。 父親と母親に挟まれて立っている男の子は、小学校1年生くらいだろうか。 男の子の服装は次のようなものだ。ちいさな黒のサイドゴアブーツ。糊のきいた真っ白な半袖シャツ。鮮やかなキャメルの…

あじさいとタイムカプセルのこと

梅雨になると、あじさいばかり。いつも注意を払っていない道端の緑が、花をつけてはじめて、実はあじさいだったのだと気がつく。結構、あじさいってたくさんあったんだな、と独り言つ。 昔、住んでいた庭で、きょうだいと一緒にタイムカプセルを埋めた。子供…

落し物のこと

たまに道路に落ちている靴、大丈夫なのだろうか。見たことありませんか?なぜか道端に片方だけ(あるいは左右両方)落ちている靴。落とした人は片足だけ裸足のまま家に帰っていったのだろうか。右足が泥だらけになって、家に帰ってきて、玄関マットに足をつ…

ことばのこと

僕が耳にして(あるいは目にして口にして)、不思議と(あるいは必然と)こころに引っかかっていることばを思い出して書きます。 なんで引っかかってるんだろう?たぶん、それなりに大事だからだろうと思う。 でも、自分以外の人間からしたら、なんでもない…

書いている文章のこと

自分の書いた文章を読み返して、改めて、きもちわるい人間だなと思う。仕方ないですね。 ビールを飲む。ビールの不思議なところは何か?といえば、それはもちろん、仲間を呼んでくることだ。テーブルの上に直立している1本の缶が、気がつけば2本3本と増えて…

ハンカチおとしのこと

駅からの帰り道、僕はハンカチおとしに遭遇した。 駅の裏道、塾やドラッグストアに挟まれて、小さなマンションが建っている。そこは裏道になっていて、道幅が細く、車は通れない。灰色のタイル張りの外観と、前時代的なネーミングが彫られた看板を掲げたマン…

洗濯機の海のこと

夏の終わり頃、14時、日差しが照りつけているが、朝方に降った雨のおかげで、そこまで暑くない日。 涼しい風が窓を抜けカーテンを揺らす中、フローリングに寝転んで、本を眺めている。 別の部屋から、洗濯機が回る音が、声を押し殺したような音量で聞こえて…

テーブルの上の花火のこと

もっぱら味のない炭酸水ばかり飲んでいる。暑い日はよけいにガス入りの水がうまい。 僕はその日、研究室でも炭酸水を飲んでいた。 時刻はほとんど深夜で、僕以外に人はおらず、エアーコンディショナーのくぐもった排気音だけがしている。僕はパソコンで何か…

漁師さんの焼けた手の白銀のコケラのこと

体験漁業というものに参加した。 体験といっても、別に魚を獲るわけではなくて、定員15名ほどの漁船に乗り、漁師さんが漁をするのを40分ほど見るというものだ。 漁船を少し近くの海まで出して、猟師さんが網を海に投げ込む。 底びき網漁というのだろうか、網…

大学の並木のこと

童話の世界ではお菓子の家というものがあるが、僕はそれに似た、お菓子の風景を見たことがある。 季節は十二月、僕は四年生で、他の大学生と同じように、卒業までにやらなくてはならないことが背中にのしかかっていた。そんなわけだから、この冬は、朝早く起…

グラウンドの貝殻のこと

小学校の体育がきらいだった。ドッジボールではボールをキャッチできない、50m走も遅い、サッカーではゴールキーパーをやらされる、典型的な運動ができない小学生だったからだ。 だから、小学校の体育を思い出すとき、嫌いな運動のことはあまり思い出せず、…