つづく日々(人を思い出す)

含蓄もなく、滋味もなく、大きな事件も起こらない、自分のあやふやな記憶の中の日々と人々とを散漫に思い出して書きます。

ヨウくんのことと学食の唐揚げ定食のこと

友人にヨウくんという人がいる。

彼は(僕の学部にしては珍しく)引き締まった体躯の持ち主で、長身、肌は薄く小麦色をしている。彼は見た目も中身もまさしく好青年であり、その爽やかな笑顔と、優しい性格には誰もが惹かれていた。

 

僕はあまり彼とは親しくはしていなかった。仲が悪いというわけではないが、悩みを相談したり、一緒に出かけたり、飲みにいったりという深い付き合いはしていない。そしてそれは大学の友人同士では別段珍しくもないことだ。

 

彼は人気者で友達の多い、いわゆる「クラスの中心」に属するような人間であった。しかし彼の持ち前の優しさや落ち着きのおかげで、特に目立つわけでもない僕のようなタイプでも話しかけやすい、そんな雰囲気を醸し出していた。

そして僕はなんとなく彼に憧れていた。彼はなんでも出来てしまいそうな頼もしいオーラと、ある種の達観のようなものを宿していて、それは僕にないものだったからだ。

 

ヨウくんとはたまに、大学で偶然に出会う。それはキャンパスを歩いている時だったり、書店で本を物色しているときだったりと様々だが、その度に二、三言ぐらい短い会話をする。スポーツマンらしい快活とした喋り。僕は彼に強い親しみを感じていた。

 

そんなヨウくんに学食で会ったことがある。梅雨がやってくる少し前、曇りの日。気だるい体を引きずって学食に行き、唐揚げ定食を頼んだ。ここの学食はメニューが少なく、唐揚げ定食は消去法で決めた。

食券を出すと、おばちゃんが入れ違いに唐揚げの皿を渡してくる。作り置きの唐揚げを引き連れ、何気なく机に座り、ぬるい鶏肉を口に運ぶ。昼過ぎの学食は人がまばらで、場末感が漂っていた。

 

「ひさしぶり、」ちょうど三個目の唐揚げに手をつけたぐらいで、二つ隣の席の男性に声をかけられた。

声の主はヨウくんであった。どうやら、気がつかない内に彼の近くに座っていたらしい。

彼は既にご飯を食べ終え、これから帰るというところだった。

 

「久しぶり」といつもの調子で返す。なかなか会わないから、彼とはいつも「久しぶり」だ。

「唐揚げ定食おいしくないでしょ」という問いかけに首肯する。手に持ったトレイを見たところ、どうやら彼も唐揚げ定食を頼んだようだ。

ヨウくんは続ける、「俺、あるときに気付いたんだけど、唐揚げ定食の“並”とか“小”ってあるじゃん。あれってさ、唐揚げの量じゃなくてご飯の量なんだよ」

え、そうなの。うん、そうなんだよ。酷いだろ。“並”で少し量が多いと感じていた僕には良い情報だった。

「ご飯よりも唐揚げの方を増やして欲しいよね」会話はそんな些細なことで締めくくられ、彼は学食を去っていった。

 

残りの唐揚げを平らげる。正直、この唐揚げ定食は大しておいしくないし、一緒についてるサラダは少ないし、みそ汁はしょっぱい。よっぽどのことが無い限り、進んでこれをもう一度食べようなんて気はおきないだろう。

しかし、今日教えてもらった情報を確かめたい気持ちがあった。「“小”と“並”はごはんの量が違うだけ。」

一週間後、僕は唐揚げ定食を食べるため、再び学食へ足を運んだ。