つづく日々(人を思い出す)

含蓄もなく、滋味もなく、大きな事件も起こらない、自分のあやふやな記憶の中の日々と人々とを散漫に思い出して書きます。

すきなもの

冬のコートのポケットのこと

そして2018年が朝日とともにうっすらと住宅街を覆いました。1月1日です。おせちを食べ、冬の霜、ビールを飲み、風が吹き、鍋をつつき、土が乾いて、夕方が去り夜がきていました。 冬が好きな理由のひとつとして、冬服を着られるというものがあります。カシミ…

軽石のこと

石を愛でていた。小学生の時だった。 子供のころは、誰しもお気に入りの宝物を持っていたと思う。大人の目から見ると、それはつまらないものだったり、あるいはゴミと紙一重のものだったりするけれども。 僕の持っていた宝物のひとつに、軽石があった。多孔…

久しく忘れているものたちのこと

ビー玉の味 おはじきの味 手の平についた草のしる セロハンテープを顔に貼って、剥がした後、あぶらがとられてつっぱるかんじ ちいさな抜け道に落ちてるヘビの抜けがら 新聞紙でつくった剣の硬さ 気が重いピアノのおけいこ プールのときの、痛いからあんまり…

うさぎのかじりあとのこと

実家に帰ると、ふと椅子の上に置いてあるクロエのバッグが目についた。経年変化で革の色は濃くなり、デザインも今風ではないから、ごく古いものだろう。そのバッグに一箇所、七宝焼きのような青い円形の装飾が付けられている。聞けば、うさぎにバッグをかじ…

身支度のこと

年末年始の休日、冬の朝は、他の季節よりも少しゆっくり身支度をしてみる。 昨夜の作り置きをあたため、白米と目玉焼き、佃煮とお味噌汁で食べる。ざっと洗い物をやっつける。 お風呂に入る。設定温度は40度だけどそれより熱く感じる。 髭を剃る。ドライヤー…

スノードームのこと

時節柄、インテリアショップにスノードームが並びだして、そういうのを見つけてしまうと、ついひっくり返して、雪が降るところを見たくなってしまう。 大抵、それなりの重さがあるから、手を滑らせないようゆっくりと宙で逆さにして、しばらく雪を光の中で遊…

紙箱の水槽のこと

男は久しぶりに実家に帰り、部屋の整理などする。部屋の掃除というのは、古書店で気になっていた本を偶然見つけるような驚きと楽しさをもって、懐かしいものとたくさん再会するものだ。彼がその日見つけたのは黒い紙箱だった。 カーテンを閉め切った少し薄暗…

冬のこと

冬がすき、マフラー、コート、フランネル、 メルトン、セーター、コーデュロイ、 ニット、ウール、そしてあたたかなポケット、 枯れ木、落ち葉、白い雪、 白い息、白い肌、白い肉まん、 キャメルのコートにグレーのズボン、 水筒にコーヒー、ポケットのおや…

マツモトくんのこととお見舞いのこと

大学の友人たちは、ずっと付き合っていたいと思う人ばかり。マツモトくんもそのひとりだ。 大学1年生のとき、共通の友人であるMに連れられ、彼の家を訪れたのが最初の出会いだ。マツモトくんの根城は木造2階建てのボロアパート。部屋にはどこから引っ張って…

新幹線のこと

幼いころ、僕は他の多くの子供たちと同じように、車や電車が好きであった。 特に好きだったのは、やはり新幹線であった。図鑑に載っている四角い電車たちの中で、新幹線のとがった鼻、白と青のコントラストは否応なく特別さを感じさせた。 僕はひたすら新幹…

うなぎのこと

年始に家族でうなぎを食べた。これはその報告です。 1月の風が鼻と耳をさす中、通りを歩く。行きつけの鰻屋に入る。店内はあたたかい。座布団の上にあぐらを書いて品書きを見る。あたたかいお茶が運ばれてくる。注文をする。 まずうなぎの骨せんべいと肝焼き…

東京の小さな庭のこと

子どものころに住んでいた東京の家には、小さな庭があった。何でもない、本当に小さな、あるいはささやかな庭だった。 その頃、まだ僕は幼かったし、父も母も若かった。 庭では、よく父がゴルフの素振りをしていた。僕は窓際に座りながらそれを見ていた。ゴ…

台所の食事のこと

腹が減ったが料理は面倒、外に出るのもおっくうだ。そんな時、台所の食事をする。 夏はトマト。水道でじゃぶじゃぶ洗い、おもむろにかじりつく。一瞬、トマトの赤い皮が歯に当たった時の「きゅっ」という感触がしたかと思うと、トマトははじけて、すぐに口い…

にぎやかで愛らしい食物のこと

変人で知られ、古い映画好きである友人が、すき好んで飲んでいたのが、ウィルキンソンのジンジャーエールだった。 なにしろその友人のアパートは、映画のDVDやパンフレットにまみれ、やけに汚い調理道具や2世代前くらいのゲーム機、マイナーな小説や漫画、よ…

白ごまおにぎりのこと

幼稚園から小学校にかけて、僕の朝食はおにぎりだと決まっていた。 母がにぎるおにぎりは毎朝ちがう具だった。塩おにぎりの時もあれば、塩昆布が混ぜ込まれていたり、鮭が入っていたり、たまに遊び心でソーセージがつきささっていたりして、僕はそれがとても…

十月の雨のこと

水にひたすと、大抵のものはやわらかくなる。 土、お米、教科書、パン、乾燥したローリエ、スパゲティ、あずき......。 ふと、十月の雨というものは、丁度いいものだなと思った。 九月の雨は、まだ少し蒸し暑そうだ。十一月の雨は、冷たくて指がかじかむだろ…

学校近くの文房具屋のこと

幼稚園から小学校へ上がったとき、僕は学校嫌いになっていた。 熱がある風を装ったり、率直に「行きたくない!」と訴え、登校を拒否していた。 しかし母は強く、泣く僕を引っ張って小学校に連れて行った。僕は家の方を向いて、母は学校の方向へ、互いの腕を…

裏庭のブラックベリーのこと

僕はいまのところ、人生で7回引っ越しをしている。 一人暮らしをする前、まだ実家に住んでいたときの、昔の家をたまに思い出す。 昔住んでいた実家はこじんまりとしていて、僕ら家族が住むには少々狭い家であった。その家の裏庭のこと、そこに植えてあったブ…

祖父のこと

夏が来て、祖父の一回忌をふと思い出す。 仏壇の前で親戚が喋り、飲み食いする中、僕と弟はどうにもその場に疲れてしまい、離れに移動した。 そして何の気はなしに、二人で祖父の寝室へ入った。 父方の祖父の家はあまり訪れないので、寝室にも滅多に入ったこ…