つづく日々(人を思い出す)

含蓄もなく、滋味もなく、大きな事件も起こらない、自分のあやふやな記憶の中の日々と人々とを散漫に思い出して書きます。

キンモクセイのこと

秋、学食からバス停まで歩く途中、キンモクセイのにおいがする。

 

キンモクセイの香水があったら売れると思うな」傍らの友人はそう言った。僕はそうは思わないが、彼は秋が来る度にこのささやかな思いつきをつぶやくのだ。彼はキンモクセイが好きだった。

 

大学からアパートに帰る道筋にキンモクセイが植わっているので、僕は否応なく、ほぼ毎日、それを目にすることになる。

オレンジの小さな花をたくさんつける様は、まるで花粉があつまっているようで、見ているだけでなんとも甘い感じがする。けれど、頬の横を通り過ぎていく少し冷たくなってきた風と、キンモクセイの甘い香りはどうにも合わなくて、僕はその花のことを、そんなに好きにはなれなかった。

 

ある日、秋も深まってきた頃、いつものように家に帰る途中で、地面にちらばったキンモクセイの花を見た。木から落ちた小さな花びらは車道に散らされ、きらきらとしていた。そして橙色の花びらは風に運ばれ、劣化したアスファルトのヒビに入り込んでいる。

汚れて古くなった車道のヒビ。そこにはいま、キンモクセイの鮮やかなオレンジが詰め込まれている。暗い、黒いアスファルトの葉脈が、明るく、鮮やかな橙色に輝いて浮かび上がっている。夕日に照らされて光る川筋を見ているようだ。僕はキンモクセイが少し好きになった。

 

しばらくすると、キンモクセイの花はさらに風に飛ばされ、人に踏まれ、雨に流されてなくなってしまう。あのオレンジのヒビも消えてしまった。キンモクセイの木は、花なんてなかったかのように振る舞っている。そして冬が来る。