つづく日々(人を思い出す)

含蓄もなく、滋味もなく、大きな事件も起こらない、自分のあやふやな記憶の中の日々と人々とを散漫に思い出して書きます。

リョウくんのこと

中学校一年生の頃だったか、僕は数人の友達と共に登校していた。

いつも三、四人で登校する中にリョウくんはいた。

 

彼と僕は別段親しいわけではなかった。ただ同じ小学校出身ということと、共通の友達がいるということが僕たちをゆるくゆるく繋いでいた。

彼はどうにも寝坊がちで、僕たちは彼を置いて先に登校することが多かった。マンションのロビーで部屋番号をプッシュすると、スピーカーから気だるげな「先に行ってて」という言葉が返ってくる。ときには、彼ではなく母親が代わりにインターホンに出て、悪いが先に行ってくれと返事をすることもあった。

 

短髪で、背は低いががっしりとした体格。小学校の頃からサッカーをやっている彼は、少しハスキーがかった高い声で笑う。笑顔と一緒に彼の太い眉が波打つのが印象的だった。

そんな彼の母親が亡くなった。

 

僕は自分の母親と一緒に、駅の近くの会館に行った。そこでリョウくんの母の通夜が行われるのだ。学校から帰って一度脱いだ学ランを、夜にまた着て外出するというのは、なんだか不思議な気分だった。

 

通夜の会場に着いても、僕は未だに「友達の母親が死んだ」という実感がわいていなかった。焼香の順番を待っている間もそうだった。

僕は不慣れだったから、前の人を真似て焼香した。遺影を見て、初めてリョウくんの母の顔を知った。

合掌をして、抹香をつまんで、また合掌をして、終わったら、右に歩いて行く。右に顔を向けると、そこにリョウくんがいた。

 

リョウくんの父と、リョウくん、そして小さい弟が、一様に黒い服をまとい、焼香が終わった僕に一礼をした。初めて見る父親と弟の顔はリョウくんに似ていた。三人の男の礼。僕はそこでリョウくんの母親がいなくなってしまったことをどうしようもなく実感した。何か声をかけようと思った。しかしできなかった。僕は歩いた。エントランスに戻った。

 

エントランスは、クラスメートの女の子たちのすすり泣く声でいっぱいになっていた。

水がなみなみとそそがれたコップみたいだ。息苦しい。早く出よう、と僕は母親に言った。ひどく疲れていた。

 

帰路につきながら考える。母のいなくなった彼の家はどうなってしまうのだろう。

毎朝、朝ご飯を作ってリョウくんを起こしていたであろう、あの母。インターホンで僕たちに「ごめんね、まだリョウは寝てるの」と言っていたあの母。僕は遊びに行ったことのない彼のマンションのリビングを想像した。

 

僕の母も死ぬことがあるのだろうか。夜の駅前を学ランで歩きながら考える。

母のいない朝はどうなってしまうのだろう。