つづく日々(人を思い出す)

含蓄もなく、滋味もなく、大きな事件も起こらない、自分のあやふやな記憶の中の日々と人々とを散漫に思い出して書きます。

マツモトくんのこととお見舞いのこと

大学の友人たちは、ずっと付き合っていたいと思う人ばかり。マツモトくんもそのひとりだ。

大学1年生のとき、共通の友人であるMに連れられ、彼の家を訪れたのが最初の出会いだ。マツモトくんの根城は木造2階建てのボロアパート。部屋にはどこから引っ張ってきたかわからない物であふれ返っていたが、しかし、インテリアとして調和がとれていた。古い家具、真鍮の双眼鏡、緑青まみれになった大正時代の消化器、マリリンモンローの白黒ポスター、カバーのない岩波文庫の山、うっすら埃で化粧されたレコードプレーヤー、名前が付いたアコースティックギターと、洗濯バサミで飾られている「レタスくんが描いた」ビンテージカーのイラスト、古びたデスクとデスクに置かれたコルクボードとコルクボードに貼られた写真、描きかけのキャンバスとイーゼル。彼は日本画を描いていた(あるいは描かないようにしていた)。

 

そんなマツモト家は、夜な夜な人が集まる場所になっていた。彼がすごく面白い人物だったからだ。彼の魅力はどうやったって文章にできないからここでは省く。だいたい5,6人が頻繁に彼の家を訪れるメンバーだった。暖色照明の下、男女の影がぼうっと浮かぶ。みんな学生だから、何をするでもなく、しょうもない話をして、ギターを弾き、歌い、酒を飲み、眠り、朝をお迎えしていた。

 

僕がインフルエンザにかかったとき、彼がお見舞いに来てくれたことを覚えている。同級生の女の子とふたりで、当時住んでいた狭い男子寮を訪れてくれた。僕はかなり喜んだ。はっきりいって僕はマツモトくんが好きだったし、東風を味方につけ体にまとっているような......あの自由な性格と行動力、そういった魅力が僕にもあればいいのにと少しばかり憧れていたから。

ふたりは結構な時間、5畳ほどの部屋に滞在してくれた。マツモトくんは「外を全力疾走した後、40度を超える風呂に浸かって体を熱し続ける」という独自の治療法を教えてくれたのち、「お見舞い」と言ってコンビニの袋を渡してくれた。中に入っていたのは快楽天という成人向けの漫画雑誌だった。僕は思わず吹き出した。そういえば彼の家によく置いてあったな。「快復したらゆっくり鑑賞するよ」はっきり言ってこんなお見舞いは初めてだったし、すごく嬉しかった。寝続けて凝り固まった体が少し軽くなったような気がする。

夕方の空はいつの間にか暗くなり、訪問者は帰っていった。その夜、意味もなく僕はもらったエロ本を枕の下に入れて寝た。子どもの頃、大事な本を枕の下に入れて寝たことを思い出して、なぜかそうしたのだ。

まあ、ただのエロ本なんだけどね。