つづく日々(人を思い出す)

含蓄もなく、滋味もなく、大きな事件も起こらない、自分のあやふやな記憶の中の日々と人々とを散漫に思い出して書きます。

キンモクセイのこと

秋、学食からバス停まで歩く途中、キンモクセイのにおいがする。 「キンモクセイの香水があったら売れると思うな」傍らの友人はそう言った。僕はそうは思わないが、彼は秋が来る度にこのささやかな思いつきをつぶやくのだ。彼はキンモクセイが好きだった。 …

老夫婦のことと小さな洋食屋のこと

駅前のビルの二階の小さな洋食屋。その言葉にはなんとも言えない幸せな響きがある。 「最近、少し寂れたくらいの店が好きになってきた。派手だったりきらびやかなところよりも落ち着く。大人になったのかな」町外れの中華料理屋で、大学の友人がそんなことを…

タバコのこと

渋い顔をして、目を細めてライターを握り、タバコに火をつける。父方の祖父も母方の祖父もそうして紫煙をくゆらせた。 僕の両親は昔、タバコを吸っていたそうだ。しかし僕が生まれるとなって、二人はきっぱりタバコをやめたという。 僕はタバコは吸わないけ…

リョウくんのこと

中学校一年生の頃だったか、僕は数人の友達と共に登校していた。 いつも三、四人で登校する中にリョウくんはいた。 彼と僕は別段親しいわけではなかった。ただ同じ小学校出身ということと、共通の友達がいるということが僕たちをゆるくゆるく繋いでいた。 彼…

学校近くの文房具屋のこと

幼稚園から小学校へ上がったとき、僕は学校嫌いになっていた。 熱がある風を装ったり、率直に「行きたくない!」と訴え、登校を拒否していた。 しかし母は強く、泣く僕を引っ張って小学校に連れて行った。僕は家の方を向いて、母は学校の方向へ、互いの腕を…

親父のこととジョナサンのこと

僕は親父に対して、憧れと尊敬の念を持っている。文章だから書ける。言葉ではとても言えないが。 ことに幼稚園、小学校低学年の時分は、親父によく懐いていた。 家族がまだ東京に住んでいたころを思い出す。僕は小学校低学年の間、東京に住んでいた。そして…

ユーコさんのことと書道のこと

大学3年のときだっただろうか。ユーコさんという女性と知り合った。彼女は僕の2つ下の後輩で、書道を学んでいた。聞けば、高校時代から書を勉強していたという。 彼女が新潟出身だと聞いたとき、彼女の白い肌と華奢な体に、その出身地はぴったりだなと、ひと…

おじいちゃんの赤いほくろのこと

子どものころ、おじいちゃんの赤いほくろが気になっていた。 夏、母方のおじいちゃんの家に行くと、おじいちゃんは暑いらしくタンクトップ一枚になっている。扇風機にあたりながら、テレビを見る。昼間に流れているサスペンスを見、高校野球を見る。 おじい…

グラウンドの貝殻のこと

小学校の体育がきらいだった。ドッジボールではボールをキャッチできない、50m走も遅い、サッカーではゴールキーパーをやらされる、典型的な運動ができない小学生だったからだ。 だから、小学校の体育を思い出すとき、嫌いな運動のことはあまり思い出せず、…

裏庭のブラックベリーのこと

僕はいまのところ、人生で7回引っ越しをしている。 一人暮らしをする前、まだ実家に住んでいたときの、昔の家をたまに思い出す。 昔住んでいた実家はこじんまりとしていて、僕ら家族が住むには少々狭い家であった。その家の裏庭のこと、そこに植えてあったブ…

ヨウくんのことと学食の唐揚げ定食のこと

友人にヨウくんという人がいる。 彼は(僕の学部にしては珍しく)引き締まった体躯の持ち主で、長身、肌は薄く小麦色をしている。彼は見た目も中身もまさしく好青年であり、その爽やかな笑顔と、優しい性格には誰もが惹かれていた。 僕はあまり彼とは親しく…

祖父のこと

夏が来て、祖父の一回忌をふと思い出す。 仏壇の前で親戚が喋り、飲み食いする中、僕と弟はどうにもその場に疲れてしまい、離れに移動した。 そして何の気はなしに、二人で祖父の寝室へ入った。 父方の祖父の家はあまり訪れないので、寝室にも滅多に入ったこ…