つづく日々(人を思い出す)

含蓄もなく、滋味もなく、大きな事件も起こらない、自分のあやふやな記憶の中の日々と人々とを散漫に思い出して書きます。

地下鉄とテレポートのこと

「一駅くらい歩いたらいいじゃないかっていうの、あんまり得意じゃないですね」と、後輩のヨーコさんは言った。大学2年のころ、僕はちょっとした課外活動を行う授業を履修していて、彼女とはグループを組むことになって知り合ったのだった。その日はミーティ…

いろいろなにおいのこと

忘れがたいこと。 ・子どものとき、母親のゆったりしたワンピースの中にもぐったときのにおい ・瓦礫撤去のボランティアで行った被災地のにおい ・おじいちゃんのワイシャツにしみ込んだタバコのにおい ・小学校でマラソンをしたときの脇腹の痛みと口の中の…

マツモトくんのこととお見舞いのこと

大学の友人たちは、ずっと付き合っていたいと思う人ばかり。マツモトくんもそのひとりだ。 大学1年生のとき、共通の友人であるMに連れられ、彼の家を訪れたのが最初の出会いだ。マツモトくんの根城は木造2階建てのボロアパート。部屋にはどこから引っ張って…

7月の本のこと、持つこと

日付が変わった。 悲しみは海ではないからすっかり飲み干せる Горе не море, выпьешь до дна. こういうことわざがロシアにあるらしい。たわむれにロシアのことわざを調べていて、偶然に知った。彼らはヴォトカを何杯も飲んでいるから、飲み干すということに…

休日のアイロンのこと

休日、ワイシャツにまとめてアイロンをかける。畳んでいたアイロン台を立て、ワイシャツを乗せる。歌詞のないインストルメンタルを流す。アイロンが温まるのを待つ。 まず安いワイシャツからアイロンがけを始め、高いシャツは後回しにする。高いシャツはちゃ…

なんだかいい服のこと

平日昼間、人の少ない小さな駅。一組の親子が電車を待っていた。 父親と母親に挟まれて立っている男の子は、小学校1年生くらいだろうか。 男の子の服装は次のようなものだ。ちいさな黒のサイドゴアブーツ。糊のきいた真っ白な半袖シャツ。鮮やかなキャメルの…

続・冷めたごはんのこと

冷めたごはんはすきですか?僕にとって忘れられない冷めたごはんの1つは、2011年3月の白身魚のフライだ。 電気・ガス・水道が止まったあの日に、僕はコンビニで、ミネラルウォーターと電池と白身魚のフライを買った。地震が来た時に、しっかりと浴槽に水をた…

あじさいとタイムカプセルのこと

梅雨になると、あじさいばかり。いつも注意を払っていない道端の緑が、花をつけてはじめて、実はあじさいだったのだと気がつく。結構、あじさいってたくさんあったんだな、と独り言つ。 昔、住んでいた庭で、きょうだいと一緒にタイムカプセルを埋めた。子供…

落し物のこと

たまに道路に落ちている靴、大丈夫なのだろうか。見たことありませんか?なぜか道端に片方だけ(あるいは左右両方)落ちている靴。落とした人は片足だけ裸足のまま家に帰っていったのだろうか。右足が泥だらけになって、家に帰ってきて、玄関マットに足をつ…

冷めたごはんのこと

冷めたご飯はすきですか? 冷めたご飯がすきかと聞かれて、すぐさま首肯する人は少ないと思う。ご飯はできたてであたたかいのが一番、というのが社会通念だ。 でもたまに、冷めたご飯がいとおしくなりませんか。 例えば、2限だけで帰れる期末テストなんかは…

ことばのこと

僕が耳にして(あるいは目にして口にして)、不思議と(あるいは必然と)こころに引っかかっていることばを思い出して書きます。 なんで引っかかってるんだろう?たぶん、それなりに大事だからだろうと思う。 でも、自分以外の人間からしたら、なんでもない…

続・サンドイッチのこと

ここにひとりの少女がいる。彼女は食卓につき、トーストにバターを塗っていて、いままさに朝食を食べようというところ。明るいギンガムチェックのワンピースと白いソックスが陽を受けている。彼女は色素が薄く、瞳は淡い茶色、髪を後ろで束ねている。顔のそ…

書いている文章のこと

自分の書いた文章を読み返して、改めて、きもちわるい人間だなと思う。仕方ないですね。 ビールを飲む。ビールの不思議なところは何か?といえば、それはもちろん、仲間を呼んでくることだ。テーブルの上に直立している1本の缶が、気がつけば2本3本と増えて…

借りたCDのこと

雨の日に貸してもらったCDをかけて毛布の中でまどろむ 偶然にも七五調になっているとうれしいですね。 僕は何を隠そう、音楽を聞かない方の人間だ。小学校から大学に至るまで、1枚のCDも買ったことがないし、TSUTAYAでCDを借りることもしなかった。 そんなわ…

サンドイッチのこと

もう、しばらくサンドイッチをつくっていない。 僕は朝食に好んでサンドイッチをつくる(あるいは「つくっていた」)。といっても手の凝ったものではなくて、簡単なやつだ。 最後にサンドイッチをつくった一番近い記憶は、数ヶ月前、冬の日だ。底冷えする朝…

新幹線のこと

幼いころ、僕は他の多くの子供たちと同じように、車や電車が好きであった。 特に好きだったのは、やはり新幹線であった。図鑑に載っている四角い電車たちの中で、新幹線のとがった鼻、白と青のコントラストは否応なく特別さを感じさせた。 僕はひたすら新幹…

うなぎのこと

年始に家族でうなぎを食べた。これはその報告です。 1月の風が鼻と耳をさす中、通りを歩く。行きつけの鰻屋に入る。店内はあたたかい。座布団の上にあぐらを書いて品書きを見る。あたたかいお茶が運ばれてくる。注文をする。 まずうなぎの骨せんべいと肝焼き…

粗野なふるまいとビスケットのこと

写真家か何かが、彼の友人である有名なファッションデザイナーについて語る、という本があった。その中に序文として記されていたことが妙に印象に残っている。「彼の作るセーターなんかは、荒々しく使われ、毛玉がたくさんできて、おやつに食べたクッキーの…

ハンカチおとしのこと

駅からの帰り道、僕はハンカチおとしに遭遇した。 駅の裏道、塾やドラッグストアに挟まれて、小さなマンションが建っている。そこは裏道になっていて、道幅が細く、車は通れない。灰色のタイル張りの外観と、前時代的なネーミングが彫られた看板を掲げたマン…

東京の小さな庭のこと

子どものころに住んでいた東京の家には、小さな庭があった。何でもない、本当に小さな、あるいはささやかな庭だった。 その頃、まだ僕は幼かったし、父も母も若かった。 庭では、よく父がゴルフの素振りをしていた。僕は窓際に座りながらそれを見ていた。ゴ…

洗濯機の海のこと

夏の終わり頃、14時、日差しが照りつけているが、朝方に降った雨のおかげで、そこまで暑くない日。 涼しい風が窓を抜けカーテンを揺らす中、フローリングに寝転んで、本を眺めている。 別の部屋から、洗濯機が回る音が、声を押し殺したような音量で聞こえて…

台所の食事のこと

腹が減ったが料理は面倒、外に出るのもおっくうだ。そんな時、台所の食事をする。 夏はトマト。水道でじゃぶじゃぶ洗い、おもむろにかじりつく。一瞬、トマトの赤い皮が歯に当たった時の「きゅっ」という感触がしたかと思うと、トマトははじけて、すぐに口い…

テーブルの上の花火のこと

もっぱら味のない炭酸水ばかり飲んでいる。暑い日はよけいにガス入りの水がうまい。 僕はその日、研究室でも炭酸水を飲んでいた。 時刻はほとんど深夜で、僕以外に人はおらず、エアーコンディショナーのくぐもった排気音だけがしている。僕はパソコンで何か…

フクオ先生のレゾン・デートルのこと

中学一年生の数学は、フクオ先生という初老の先生が担当していた。 年齢を思わせる白髪まじりの頭髪に反し、背は曲がっていなかったため、長身が余計に際立っていた。分厚いメガネは四角くて、全体として定規のような先生であった。 先生はその直線的な特徴…

にぎやかで愛らしい食物のこと

変人で知られ、古い映画好きである友人が、すき好んで飲んでいたのが、ウィルキンソンのジンジャーエールだった。 なにしろその友人のアパートは、映画のDVDやパンフレットにまみれ、やけに汚い調理道具や2世代前くらいのゲーム機、マイナーな小説や漫画、よ…

しいたけの音のこと

新年になった。1月、冬、冬といえば鍋である。 今年も新年は家族、祖父母で集まり、とり肉のお鍋を晩ご飯に食べた。毎年恒例だ。 テーブルに並んだ、おさしみ、いくら、おせちの残り、だいこんおろしと小ネギ、鍋用のやさいたち、きのこたち、それと少し高価…

白ごまおにぎりのこと

幼稚園から小学校にかけて、僕の朝食はおにぎりだと決まっていた。 母がにぎるおにぎりは毎朝ちがう具だった。塩おにぎりの時もあれば、塩昆布が混ぜ込まれていたり、鮭が入っていたり、たまに遊び心でソーセージがつきささっていたりして、僕はそれがとても…

十月の雨のこと

水にひたすと、大抵のものはやわらかくなる。 土、お米、教科書、パン、乾燥したローリエ、スパゲティ、あずき......。 ふと、十月の雨というものは、丁度いいものだなと思った。 九月の雨は、まだ少し蒸し暑そうだ。十一月の雨は、冷たくて指がかじかむだろ…

漁師さんの焼けた手の白銀のコケラのこと

体験漁業というものに参加した。 体験といっても、別に魚を獲るわけではなくて、定員15名ほどの漁船に乗り、漁師さんが漁をするのを40分ほど見るというものだ。 漁船を少し近くの海まで出して、猟師さんが網を海に投げ込む。 底びき網漁というのだろうか、網…

大学の並木のこと

童話の世界ではお菓子の家というものがあるが、僕はそれに似た、お菓子の風景を見たことがある。 季節は十二月、僕は四年生で、他の大学生と同じように、卒業までにやらなくてはならないことが背中にのしかかっていた。そんなわけだから、この冬は、朝早く起…