にぎやかで愛らしい食物のこと
変人で知られ、古い映画好きである友人が、すき好んで飲んでいたのが、ウィルキンソンのジンジャーエールだった。
なにしろその友人のアパートは、映画のDVDやパンフレットにまみれ、やけに汚い調理道具や2世代前くらいのゲーム機、マイナーな小説や漫画、よくわからない道具やオブジェが散乱していたので、深緑色をしたジンジャーエールの瓶も映画のセットの一部のようになっていた。
このジンジャーエールがうまいんだ。俺はケースごと買った。しかも酒屋に瓶を返すと1瓶10円のキャッシュバックだ。......と、彼はそんなことを言っていた。
僕は「瓶を酒屋に返す」という行為のえも言われぬ素敵さにひかれ、輸入食品店でさっそくその深緑の瓶を買った。
栓を開けコップにそそぐと、しゃわしゃわという小気味よい音とともに、琥珀をうすくうすく希釈したような色の液体がとくとくと音をたてる。ショウガの味がきつくて、たまらなくおいしい。それから僕は、ごくたまにこのジンジャーエールを買うようになった。
あるとき、後輩が家に遊びにきていたときに、このジンジャーエールを出した。僕としては、どうだいいものだろ、とちょっと見せびらかす思いもあったのだが、「それ美味しいですよね」という言葉が返ってきたので、なんだけっこう有名なのか、と少し残念だった覚えがある。
グラスにジンジャーエールをそそいでやると、後輩は「ジンジャーエール、かわいいですね」という感想を述べた。
コップを覗き込むと、小さな泡がにぎやかに音を立てていて、確かにこれはかわいいなと思った。ガラスの底からしゅるしゅると登ってくるものもあれば、ふちのところでゆらゆら動いているものあり、表面でぱちぱちとはじけるものもいる。
お好み焼きの上で踊る鰹節や、白ご飯に上にばらまかれたちりめんじゃこ、フライパンの中でぽっと弾けるポップコーンにも似たものを感じる。小さく、にぎやかで愛らしい。
“にぎやかな食卓”という言い方をすることがあるが、人ではなく食べ物の方がにぎやかというのはなんだか面白いなと思った。