つづく日々(人を思い出す)

含蓄もなく、滋味もなく、大きな事件も起こらない、自分のあやふやな記憶の中の日々と人々とを散漫に思い出して書きます。

冷めたごはんのこと

冷めたご飯はすきですか?

 

冷めたご飯がすきかと聞かれて、すぐさま首肯する人は少ないと思う。ご飯はできたてであたたかいのが一番、というのが社会通念だ。

でもたまに、冷めたご飯がいとおしくなりませんか。

 

例えば、2限だけで帰れる期末テストなんかは、冷めたご飯を楽しめる可能性が高い。家に帰ると母はおらず、テーブルの上に書き置きと、いくつかの小鉢が置かれている。

「用事ででかけます、お肉はチンして食べてね」

 

箸を出して、のそのそとご飯をよそい、学ランを着たまま、ひとりでテーブルにつく。住宅街では、平日の昼間なんて、なんの音もしない。いつもはうるさいテレビも黙っている。すごく静かだ。

こういうときは、おかずをあたためないで食べる。いちいちチンするのが面倒だというのもあるけど、なんとなくその方が、平日の静かな昼食に合っているような気がする。

 

炊飯器で保温されたご飯はあたたかいけれど、おかずはひんやりしている。なんだか、いつもより味が濃いような気がする。レースのカーテンに遮られて弱々しくなった日光が食卓に入り込んでいる。たまに車が通り過ぎる音が、控えめに聞こえてくる。無心に、けれどゆっくりご飯を口に運ぶ。しょうが焼きと、ほうれん草のおひたし、きんぴらごぼうと出し巻き卵、昨晩の残りの明太子。

ひとりで、静かで、さめているご飯は、不思議な静謐さというか、つつましさを感じる。友達と食べる昼飯は楽しいけど、こういう時間もすきだ。

 

冷めたご飯を食べるわびしい中学生の幸福が終わったら、次は昼寝をしよう。数学の教科書を持ち(これは最高の睡眠導入剤になる)、じゅうたんに寝ころぼう。テスト勉強は後回しにして。