軽石のこと
石を愛でていた。小学生の時だった。
子供のころは、誰しもお気に入りの宝物を持っていたと思う。大人の目から見ると、それはつまらないものだったり、あるいはゴミと紙一重のものだったりするけれども。
僕の持っていた宝物のひとつに、軽石があった。多孔質の、白っぽく、丸い、小鳥の頭ほどの石。どこで見つけていたかは覚えていないけど、僕はこれを拾ってきて、だいじに引き出しに入れていた。
平日、学校から帰ってきて運よく親が留守だったりすると、僕は軽石で遊んだ。それは一人でないとてきない儀式のようなものだった。
まず洗面所のシンクに栓をして水を貯める。水がたまったら、水面にそっと軽石を置く。軽石はぷかぷかと水に浮くのだ。しばらくそれを眺めたり、手で無理やりに沈めたり、波を起こしたりしていた。「石が浮く」という矛盾した現象、誰もいない部屋と浴室、平日の午後の風の声、ペールブルーの水のたまった洗面台......いろいろなものが重なって、非日常を感じる、不思議な感覚があった。
その遊びに満足すると、僕は洗面台の栓を抜き、水を吸って少しグレーになった軽石をタオルで拭いてやり、またそっと引き出しに戻す。
子供のころは知らなかった。海底火山の噴火でできた軽石は、海を漂流して浜に流れ着くそうだ。広大な海を旅する軽石と、小さな洗面台の中で静かに浮く軽石の、その偶然に一致に少し驚いた。
その後、僕も「宝物」を大事にする年齢ではなくなり、度重なる引っ越しもあって、大事にしていたあの軽石がどこにいってしまったか、今はもう分からない。海に戻してやればよかった。