カセットテープのこと
「テープに吹き込む」って考えてみると不思議な表現だ。テープに耳があって、そこに語りかけるよう。
ビデオは「録る」、CDになると「焼く」という言葉になる。レコードはどうだったんだろう。「刻む」?
こうやって並べてみると、やはり、吹き込むという言葉がいちばん魅力的なように思う。「悪知恵を吹き込む」、「嘘を吹き込む」という用例からか、ちょっとした悪巧みをするみたいに感じられて、それが何とも言えぬ心持ちがする。「命を吹き込む」っていう表現もあるか。
僕より上の世代の人は、カセットテープにお気に入りの曲を吹き込んで、オリジナルのミックステープを作っていたらしい。それを友達と交換したり、好きな女のひとに渡したりしていた、とも。なんだか恥ずかしすぎる文化で、ちょっと胃もたれしそうだ。でも、何の曲を入れようか、もんもんと考えて、部屋にこもってしこしこと録音をするって、まさしく「吹き込む」という言葉が持つ響きそのもののような感じがする。力の入ったラベルなんか、手書きで作っちゃったんだろうなあ。でもきっと、渡すときはすっごくあっさりと、つっけんどんに手渡したりしたんだろう。くすぐったい時代だ。でも今だって、似たようにくすぐったいことはたくさんある。たぶんそういうことは、今は分からなくって、10年20年経ってみんなで言い合うんだろう。あんなくすぐったいこと、よくしてたねと。ほがらかに笑いながら。