つづく日々(人を思い出す)

含蓄もなく、滋味もなく、大きな事件も起こらない、自分のあやふやな記憶の中の日々と人々とを散漫に思い出して書きます。

しいたけの音のこと

新年になった。1月、冬、冬といえば鍋である。

今年も新年は家族、祖父母で集まり、とり肉のお鍋を晩ご飯に食べた。毎年恒例だ。

テーブルに並んだ、おさしみ、いくら、おせちの残り、だいこんおろしと小ネギ、鍋用のやさいたち、きのこたち、それと少し高価なとり肉。文句のつけようがない食卓に一つだけ難癖をつけるとすれば、鍋の具にしいたけがないことだ。大好きというわけではないのだが、僕は鍋にしいたけは必要だと思う。

 

一人暮らしの冬、僕はたまに一人鍋をとり行う。そこではしいたけが必須である。

片手鍋に白菜を敷き詰め、その上にネギ、えりんぎ、豚肉、そしてしいたけをばらまく。

あとはごま油とだし、酒をぶちまけて中火にかけ、しばらく置いてからポン酢で食べる。簡単だし、学生が冬の狭く寒いアパートで片手鍋から直接食事をするというのが乙だ。そしてなによりしいたけがおいしい。しいたけにはいろいろな音がある。

 

包丁で切るときの、ぐっ、ぷつん、という感触。

鍋の中でゆられているときの、ゆらゆら。

箸でつまんだときの、ふにっという手ごたえ。

口に入る時は、つるんっとすべり込み、中でふわふわ、

歯を入れると少し抵抗しつつも、すっとほぐれる。

 

鍋でゆられて、ほくほくと湯気をあげるしいたけを見ると、お前は冬のための食べ物だなあ、と思う。